浪速書道会とは

私たち浪速書道会ではこのような活動をしています。

60年のあゆみ

 お陰様で浪速書道会は本年をもって、創立60周年を迎えます。
本会は戦後間もない昭和23年から書道教育に勇往邁進された先人諸家の方々の意志を受け継ぎ、 初代会長・故、間 介浦先生および、支えとなられてきた関岡 松籟先生(現本会顧問)
また、その志を約30年間継承された二代目会長・故、間 香梅先生、
彼らの多大なるご尽力により創立され、現在に至ります。

その功績は誠に大きく、われわれ会員はその恩恵を受け、ひとりひとりが後世に その意志を伝承すべく精進していく所存です。

平成20年3月更新

 

沿革

昭和23年8月 川谷尚亭先生の門人である旧甲子書道会同人・水島山耀先生主宰「墨友」誌、奥野河南先生主宰「学書の友」誌が大同団結して、
「浪速書道会」設立、間 介浦先生が主幹として、月刊誌「書の泉」創刊。
昭和24年1月 第1回大阪府市学童生徒書初展 開催。(浪速書道展の前身)
昭和26年11月 間 介浦先生、浪速書道会会長となる。
昭和28年8月 浪速書道展夏季展 開催。(以後13回開催)
昭和31年1月 「書の泉」100号発行。
昭和37年1月 第1回未踏社展 開催。
(介浦先生の直門の子弟による展覧会で、現在の未踏サークル展の前身)
昭和37年7月 間 介浦先生 第1回個展。
(38年に第2回、39年の第3回展は遺作展となる)
昭和39年2月 初代会長、間 介浦先生没(享年60歳)
昭和39年3月 間 香梅先生、二代目会長に就任。
昭和44年4月 作田英嗣先生、会長補佐に就任。
昭和45年2月 間 介浦先生、7回忌遺作展。(於、大阪市立美術館・兵庫県民会館)
昭和46年3月 未踏社改め、未踏サークル展 開催。
昭和51年1月 間 介浦先生、13回忌遺作展。(於、大阪市立美術館)
昭和59年7月 未踏サークル会員、毎日書道展に初参加。創玄書道会、入会。
昭和60年2月 第50回記念浪速書道展 開催。
作田英嗣先生、副会長に就任。
昭和62年11月 作田英嗣先生、日展初入選。(以後10回入選、会友に昇格)
昭和63年3月 間 介浦先生25回忌の記念として、間 介浦先生書「筆一本に生命托して 我生きたり」を刻した「筆塚」建立。
(於、大阪平野 大念仏寺)"
昭和63年6月 間 介浦先生、25回忌遺作展。(於、尼崎総合文化センター)
平成2年7月 作田英嗣先生、毎日書道展にて会員賞受賞。審査員に昇格。
平成5年1月 「書の泉」500号発行。
平成7年1月 阪神・淡路大震災。
平成7年2月 震災で大打撃を受けながらも、第60回記念浪速書道展 開催。
平成7年4月 二代目会長、間 香梅先生没(享年84歳)
平成7年7月 作田英嗣先生、三代目会長に就任。
平成8年6月 間 介浦先生33回忌、間 香梅先生3回忌遺作展 開催。
未踏サークル30回記念展 併催。
平成10年2月 創立50周年を迎える。
平成12年8月 毎日現代書関西代表作家展第15回記念海外展 開催。(於、ロサンゼルス・日米文化会館)
作田英嗣会長がデモンストレーション(公開制作)。
出品作「交流」は、アイルランド日本大使館・迎賓館に所蔵。
平成12年9月 インターネット時代を迎えホームページ「ふだん着の書」立ち上げる。
平成13年5月 「書の泉」600号発行記念「川谷尚亭とその流れ」展 開催。
第35回未踏サークル展 併催。
平成15年8月 作田英嗣会長個展 開催。(東京銀座)
未踏サークル銀座展 併催。
平成17年2月 第70回記念浪速書道展 開催。
平成18年5月 作田英嗣会長個展 開催。(於、帝国ホテル大阪)
平成18年7月 未踏サークル40回記念展 開催。
平成19年3月 間 香梅先生13回忌法要。
平成20年2月 創立60周年記念浪速書道展 開催。